伊那谷で一番大きな花火大会を作り上げよう!

伊那谷で一番大きな花火大会を作り上げよう!
プロジェクトオーナー

伊那まつり花火委員会(伊那商工会議所)

地場産

3%

  • 現在
  • ¥60,000
  • 目標金額
  • ¥2,150,000
  • 購入口数
  • 4口
  • 残り日数
  • 21日
このプロジェクトは、目標金額達成の有無に関わらずリターンをお申込みいただくとプロジェクト成立となります。

伊那まつりの歴史

 伊那まつりは昭和18年に封切られた映画「伊那節仁義~伊那の勘太郎~」に始まる。
日本映画の中で庶民が楽しめる痛快時代劇として親しまれ、長谷川一夫、山田五十鈴という当時の東宝の看板スターの共演という話題性と勘太郎月夜唄のヒットによって伊那の勘太郎の知名度は不動のものとなりました。

 歌に映画にと有名になった「伊那の勘太郎」を何か形に残そうと伊那市と伊那商工会議所は「伊那の勘太郎の碑」を立て、昭和33年9月14日に完成除幕式を行い、同じ日に第1回勘太郎まつりが開催されました。勘太郎まつりは昭和47年の第15回まで行われましたが、昭和40年代後半から、市民祭りを開催しようという気運の中、昭和48年には市民祭り検討委員会が構成され、勘太郎まつりも新しい市民祭りに統合し、昭和48年9月1日に第1回の伊那まつりが開催されました。これまでの商工業者の祭りから市民総参加型の祭りに移行され、「みんなが主役、誰もが参加できる市民総参加の魅力ある市民まつり」として受け継がれてきました。

 昨年は前身の「勘太郎まつり」から通算して60回の記念大会を迎えています。伝統と歴史あるこの祭りは多彩な出店や催しと合わせた市民踊りと一緒に、伊那まつりの大きな柱としてフィナーレを飾る花火大会もこの祭典を盛り上げています。

昭和33年「伊那の勘太郎の碑」除幕式
   
           勘太郎まつりから市民参加型の伊那まつりへ

伊那谷最大級の花火大会開催に向けて

伊那谷の夜空に咲く華麗な花火で感動のフィナーレを
 伊那まつりのフィナーレを飾る花火大会も年々進化を遂げています。
 これまでも、多くの企業・団体・商店、さらには一般市民の協賛で支えられてきました。特に昨年は60回の記念ということで前年比14・9%増の1922万7000円が寄せられました。これに合わせた記念花火への協賛金約270万円を投じてこれまでにない音楽花火を打ち上げることができました。

 しかし、協賛金は2カ所で花火を打ち上げていた時代の2001年には2027万円を集めた以降は1600~1800万円台で推移。リーマンショックの影響を受けた09年は1434万円に下落し、13年には過去最低となる1381万円まで落ち込みました。歯止めをかけるため翌年から市民協賛募金箱を設けて一般市民に協力求めたほか、企業の業績改善もあって徐々に回復し、17年には8年ぶりに1600万円を突破して遂に昨年は16年ぶりに1900万円を超えることができました。

 60回記念音楽花火は「祝60回!!伊那谷讃歌~ 勘太郎さんも市民もおどるミュージックメドレー スターマイン」がテーマで、番付の60番に組み入れ、まつりの歴史をたどるように「勘太郎月夜唄」から「ダンシング・オン・ザ・ロード」へと音楽が変わり、曲調に合わせて250発の花火が夜空に輝きました。尺玉も80発近く打ち上げられ夜空に次々と大輪の花が咲くとともに、迫力の爆発音は、さすがに尺玉の貫禄で身体の芯まで響きわたり、県下屈指の豪華さを誇ります(打ち上げ総数は約4500発)。この勢いを消すことなく、皆様のお力をお借りして、伊那谷一番大きな市民総参加型の花火大会を作り上げ、感動を皆さんで分かち合いましょう! 


 見ごたえのある多様なプログラムで夜空を演出 形、色ともに種類豊富なスターマインやフィナーレの音楽スターマインなど
    

         長野県内ではあまり見ることのできないダイナミックな尺玉が打ち上げられる