大本営海軍部壕とそれにまつわる謎を解明し、終戦前後の史実を明らかにしよう!

大本営海軍部壕とそれにまつわる謎の解明
プロジェクトオーナー

昭和の安茂里を語り継ぐ会

挑戦する人 教育・福祉 地域活性化 伝統文化 文化・芸術

6%

  • 現在
  • ¥323,000
  • 目標金額
  • ¥5,000,000
  • 購入口数
  • 59口
  • 残り日数
  • 42日
このプロジェクトは、寄付型プロジェクトです。
目標金額達成の有無に関わらず支援の申込みを行っていただくとプロジェクト成立となります。
長野市郊外の里山に奇跡的に残った地下壕に、終戦前後の日本史を塗り替える謎が眠っているかもしれない・・・。この謎を解明せんとする“民”の営みにご一緒していただけませんか?!

本プロジェクトは次を目的としています。

1.アジア・太平洋戦争末期に海軍が掘削した「大本営海軍部壕」の修復・整備・保存
2.資料館開設・整備による史料の公開と伝承
3.海軍部壕とそれにまつわる史実の解明

ご支援いただいた資金は、地下壕の整備や資料館の開館および運営費に充てたいと考えております。

(なお、本プロジェクトは寄付控除の対象とはなりません。)


 

始まりは1冊の日記を介した出会い

 

長野市安茂里小市で生まれ育った地元をこよなく愛する住民と、松代大本営(長野市松代)の調査研究に30年以上携わってきた教員が、アジア・太平洋戦争末期の安茂里村村長が書いた「自由日記」を介して出会い、そこに記されていた事柄を解明する取り組みを進めてきました。そして2020年初夏に志を一にする”民”が集い、「昭和の安茂里を語り継ぐ会(以下『当会』)」が誕生したのです。


▼安茂里村長塚田伍八郎氏が書いた「自由日記」

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謎多き地下壕と「自由日記」に記されていた驚愕の史実とは...?

 
安茂里に地下壕が存在することは住民の多くが知っていました。「子供のころ、地下壕を遊び場にしていた」と話す方もいます。聞き取り調査を進めると、どうやら終戦直前に海軍が安茂里の地にやってきてこの地下壕を掘削したらしいことがわかってきました。

しかし、その地下壕が何の目的で作られたのかを知るものは誰もいませんでした。

地下壕の謎を探るため戦争の各種資料が集まっている防衛省防衛研究所に尋ねたり、地元の図書館等にある諸文献を読み漁ってみたりしましたが、決め手となる手がかりは掴めませんでした。

公式な資料が出てこない理由はおそらく、海軍にとって地下壕の掘削事業が極秘中の極秘であったため、終戦と同時に関連資料がことごとく焼却されたからだと考えられます。


 

調査が行き詰る中、地元の民家から発見された「自由日記」が光明をもたらします。「自由日記」には、地下壕を掘った海軍第300設営隊のことの他に、謎の部隊「海軍通信隊薗田部隊」が作戦行動をしていたことなど、これまで明らかにされていなかった史実が克明に記されていました。


そして一つの仮説に辿り着きます。


戦争末期、陸軍は「本土決戦を叫び戦争の継続を強く推していた」のに対し、海軍は「出来るだけ早い講和を望んでいた」といういわゆる陸軍悪玉、海軍善玉論が一般的には日本史の通説と言われています。

しかし「自由日記」の調査・解明により「本土決戦を叫んでいた陸軍に呼応して、海軍も極秘の命令を帯びた優秀な部隊『海軍通信隊薗田部隊』を長野に派遣し、実は本土決戦に向けた作戦を進めていた」という仮説に至りました。

当会は「この仮説が正しければ、終戦前後の日本史を書き換えることにもなるのではないか」という思いを強くしており、この地下壕を「大本営海軍部壕」と呼ぶことにしました。


 

大本営海軍部壕の掘削工事

 

終戦直前の昭和20年6月、海軍第300設営隊の先遣隊が安茂里の地に突如現れ、翌7月には壕の掘削工事を始めたのです。ところが延べ100mほど掘削したところで終戦を迎え、同隊は撤収していきました。


▼大本営海軍部壕の内部調査図

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大本営海軍部壕のいま

 

当会メンバーの記憶によると「昔は奥まで入ることができた」とのことですが、現在では壕の入り口に土砂が堆積し入るにも一苦労で、さらに入口から20m付近が崩落しそれより奥を知ることができない状況となっています。
史実を明らかにし後世に伝承するため、壕の修復・整備により安全を確保し壕内の見学ができるようにする必要があるとの思いを強めています。


▼大本営海軍部壕の入り口付近。経年により土砂が堆積し大部分が埋没

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▼未だ多くの謎が多く残る大本営海軍部壕の現在の様子
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▼壕内調査の様子
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▼壕内調査の様子
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▼壕内崩落地点。これ以上奥には進めない
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当会のこれまでの活動

 

荒れ果てた入り口を整備し各種案内看板を設置して、戦後75年目となる2020年8月15日、地元松ヶ丘小学校親子見学会を開催しました。これを皮切りに地元住民、一般希望者などに向けた見学会を複数回開催してきました。


▼親子見学会を開催

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▼見学会の様子
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見学会に参加した方々からは「少しでもいいから壕の中に入ってみたい」との強い希望も寄せられました。そこで内部調査を実施して崩落地点までは何とか進めることが確かめられましたが、一般の見学者が入ることができるようにするためにはしっかりとした安全確保・整備が必要です。

また周辺の民家に残されていた海軍の鉄カブト、食器、毛布、布製バケツや、壕の補強用に使われた厚い板、工具らしき物などを陳列・展示をし、大本営海軍部壕について学べる「海軍部壕資料館」も2021年8月15日のオープンを目指して準備しています。

 

過去から現在、そして未来へ

 

当会は戦争が生み出したこの遺産を後世に語り継ぎ、もっと多くの方々に戦争の愚かさ・無謀さを伝えたい、今の平和な世を幸せに感じてほしい、そう強く思っています。

これまでメンバーの手弁当で活動してきましたが、これからの取り組みにはかなりの資金が必要です。
日本史の新たな説を確かなものにするためには皆様方のご支援・ご協力が必要です。
当会はご一緒して下さる方、協力して下さる方を求めています。勿論会に加わっていただける方は大歓迎です。
どうか宜しくお願い申し上げます。


 

「昭和の安茂里を語り継ぐ会」役員メンバー紹介

共同代表  塚田武司    ふとん店店主、元小市区長
      岡村元一    自営業、長年の郷土史家
事務局長  土屋光男    元高校教頭、38年間大本営などを研究


▼会の主要メンバー(総勢13名)
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当会メンバーは、この地で生まれ育った者の責務として未解明の歴史を掘り起こし後世に伝えようとしています。そして資料館を設けて、平和とは何かを考えながら、ささやかな幸せを分かち合う場所にもしたいと夢見ています。
 

資金使途

 
 ◆壕を見学可能にするため、入り口部分、崩落部分などを修復、整備する安全確保資金
 ◆資料館開館と維持運営するための必要資金
 ◆大本営海軍部壕とそれにまつわる謎の解明による、日本史通説への問題提起をするための資金
 

ご支援コース

 

■ご支援は1口2,000円から募集しています。
■ご支援コースは4コースご用意しました。

 【調査レポートコース】    2,000円
 【壕内立入見学会コース】       3,000円
 【復刻版!海軍食器コース】    4,000円
 【全部盛コース】               8,000円
 

ご支援に関するお問い合わせ先

 

電話番号:090-5408-0900(事務局 土屋)
Eメール:syowa.amori@gmail.com